スロヴェニアのスパークリングワインについて
スロヴェニアの自然派の造り手が手掛ける、ナチュラルなスパークリングワインです。シャンパーニュと同様に瓶内二次発酵をしています。その際、砂糖の添加は行わず、その代わりにぶどう果汁を加えています。また、滓引き(おりびき)をしていないので、滓そのももの「旨味」をボトル内に閉じ込めました。最初の一杯と最後の一杯では、香りも味わいも同じボトルのワインとは思えないぐらい異なります。温度変化、抜栓後の時間経過により幾通りにも楽しみ方が広がるワインです。生産者が自分たちが飲むために造った「本気ワイン」をどうぞご賞味下さい。
スパークリングワインの開け方
スパークリングワインのコルクはどのように開けていますか。ポンッと軽快に音を立てて飛ばす方(危険!)は、さすがにいらっしゃらないとは思いますが、開けるのがどうも苦手という方に、安全なスパークリングワインの抜栓方法をお教え致しましょう。ポイントは「斜め45度で静かに待つ」です。コーラやビールなどの泡物は振ったり揺らしてはなりません。プレッシャーが上がり、開栓と同時に中の液体が飛び出してしまう恐れがあります。振動を与えてしまった際には20~30分安置してから開けて下さい。それでは、抜栓方法を順に見ていきましょう。
1.まず、スパークリングワインをよく冷やしておきましょう。ワインの液体からガスの湧出が防げるので、抜栓後の吹き出しを抑えられます。高めの温度で召し上がるワインも抜栓時は冷やし気味で、その後ゆっくり楽しみながら適温になるのを待ちましょう。
2.瓶口を覆っているシールキャップを剝がします。
3.ガス圧でコルクが飛び出さないようにワイヤーが瓶口に固定されているので、それを緩めます。ワイヤーを緩めた瞬間にコルクが飛び出すこともあるので、コルク上部を親指で抑えます。ワイヤーはコルクから外しても外さなくても抜けますが、外さない方がコルクが真直ぐに固定されてより安全に抜けます。
4. 親指でコルク上部を抑えながら、残りの指は瓶口を握ります。ボトルを斜め45度に傾けて、反対側の手でボトル下部を持ちます。傾けるのは、ボトル内のワインの液面を大きくする為です。ボトルを垂直に立てたままだと、液面が小さいので、泡が出やすくなります。
5.コルクは動かさずに、ボトルを少し回すとガス圧でコルクが徐々に浮き上がってきます。数秒間、手を止めてコルクがボトル口から外れるところまで上がって来るのを待ちます。
6.5になったら、コルクを握っている手を僅かに捻ります。するとボトル口とコルクに隙間ができてプシュとボトル内のガスが抜ける音がします。最後の捻りを加えなかった場合は、ポンッと音が出てしまいます。音は小さければ小さいほどよいとされ、シュッという音は、天使のため息、淑女のため息とも例えられます。
映像がないのでわかりにくいかもしれませんが、まずは上記の方法で試してみて下さい。余談ですが、スパークリングワインはスワリング(グラスをぐるぐる回す行為)をする必要はありません。炭酸ガスが自然に香りを運んでくれます。回すことによって泡が抜けてしまうので静かに香りを取ります。ワインを冷やす事と、綺麗に洗浄されたグラスを使用する事で注いだ後の泡もちは違います。中性洗剤を使わず、お湯だけでグラスを洗浄する方もいらっしゃるほどです。今のところ自社のスパークリングワインは、全て王冠栓を使用しています。ビールと同じように栓抜きで開けるのですが、ガス圧が5気圧もあるので、開栓と同時に吹く事があります。片手に栓抜きを持ち、もう片方の手はトップを抑えて下さい。一気に開けるのではなく、徐々に様子を見ながら開けるのが上手くいくコツです。
スパークリングワインのウンチク
今日から使えるスパークリングワインのウンチクをご紹介致します。
▼スパークリングワインのガス圧は大型車のタイヤと同じ
EUの基準では3気圧以上のものを発泡性ワイン、スパークリングワインと定めています。シャンパーニュは5~6気圧もあります。それは大型車のタイヤと同じぐらいの圧力です。弱発泡性ワイン、セミスパークリングワインで1~2.5気圧(仏:ペティヤンや伊:フリッザンテ)、ちなみに1気圧未満の微発泡性ワインはスパークリングワインにはみなされません。
ガス圧に耐えられるよう、ボトルは厚めに設計されています。スティルワインよりもボトルの重量が重いのはこの為です。底の凹み部分も他のワインと比べて、深くなっているのが特徴です。反り返りによってガスの圧力を分散するのが目的です。ダム壁が反っている原理と同じです。また、気圧で飛び出さないよう、コルクも針金でしっかりと固定されています。
▼コルク栓による飛行距離の世界記録は53.2m
シャンパーニュのコルクを飛ばしたのです。その距離53.2m、25mプールをターンして帰ってこれるディスタンスを!1988年アメリカのニューヨーク州での記録です。思いっきり瓶を振ってポーンと時速50㎞のスピードでコルクは飛んで行ったそうです。危険なので絶対にマネしないで下さいね。ちなみに、スパークリングワインを抜栓する時は、音がなるべくしないように、プシュと抜くのがスマートです。その時の音は「天使のため息」と言います。ホームパーティーなどでは、お祝い事で飲まれることが多いので、豪快にポンッとやっても良いですね。
▼甘辛は砂糖の添加量によって決まる
滓引きをして栓をする際で、砂糖の添加されたリキュール(ワイン)を目減り分足します。砂糖の添加量により、甘辛が決定します。補充するリキュールは「門出のリキュール」、砂糖を添加することを「ドサージュ」と呼んでいます。味わいをいとも簡単にコントロールできるので人為的な飲み物ですね。砂糖の添加をしないスパークリングワインは、下記の用語をラベルに記載します。
・ドサージュ ゼロ Dosage zero
・パ ドゼ Pas dose
・ブリュット ナチュール Brut nature
▼グラス1杯の泡の数は220万!
グラス1杯(100ml)の中には約220万の泡が含まれています。6気圧のシャンパーニュだと100ml中に0.7ℓの炭酸ガスが溶けています。グラスの底から立ち上る泡が、連なって紐(コルドン)のように見えるのは、良いスパークリングです。余談ですが、冷やせば、泡は抜けにくくなります。泡を楽しみたいのなら、抜栓したらすぐにワインクーラーに入れるか、早く飲み切ってしまいましょう。早速、今夜から飲み会やデートで使ってみて下さいね。
スパークリングワインの呼称
イタリアのスプマンテとプロセッコの違いはご存知でしょうか。スパークリングワインという総称と限定地域での呼称ですが、イタリアの3気圧以上の泡は、スプマンテ、3気圧以下の微発泡はフリッツアンテ、瓶内2次発酵はフランチャコルタと言います。プロセッコは、ヴェネト州のグレーラというぶどうを使用したスパークリングワインです。つまり、スプマンテの中にプロセッコは含まれています。下記に各国のスパークリングワインの名称をまとめてみました。
▶︎スパークリングワイン(発泡性ワイン)
伊: スプマンテ(3気圧以上)〈例 プロセッコ・ランブルスコ〉
仏: ヴァン ムスー(5〜6気圧)、クレマン(3〜3.5気圧) 〈例 クレマンダルザス〉
西: エスプモーソ
独: シャウムヴァイン(3.5気圧)、ゼクト(3.5気圧以上)
▶︎セミスパークリングワイン(微発泡性ワイン)
伊: フリッツアンテ(2.5気圧以下)
仏: ペティヤン(2.5気圧以下)
西: ヴィノ デ アグーハ
独: パールヴァイン(2.5気圧以下)
▶︎スパークリングワイン(瓶内2次発酵)
伊: フランチャコルタ(6気圧)、トレント
仏: シャンパーニュ(5気圧以上)
西: カヴァ(5〜6気圧)
独 ヴィンツァーゼクト(3.5気圧以上)
ドイツではシャンパーニュ方式という表示は禁止されているので、このように呼びます。Flaschebgarung nach dem Traditionellen Verfahren 瓶内2次発酵、やはりトラディショナルなのですね。
こう見ると瓶内2次発酵はガス圧が高いですね。ヴィンツァーゼクト(3.5気圧以上)とありますが、シャルマ方式(タンク内2次発酵)のゼクトより圧が高いと思われます。1気圧は標高0mの地表で、1平方センチメートル(親指の爪ぐらい)に1㎏の物体を乗せた圧力になります。瓶内2次の5気圧は親指の爪に5kg!大型車のタイヤ程度の圧力があります。
Pet-Natの魅力
ここ数年、ペットナット(Pet-Nat)の人気が広がっています。ロワールの自然派の造り手が火付け役だったわけですが、今やブルゴーニュ、カリフォルニア、オーストラリアなどで造られています。もちろんスロヴェニアでも造られており、自社のKABAJも自信満々で飲んでみてと送ってくるぐらい、世界中で大流行しています!
ペットナットはペティアン ナチュレル(Petillant Naturel)の略称です。1990年代、ロワールのティエリー ピュズラや故クリスチャン ショサール(最初に「ペットナット」と称した人物)が、人為的介入を控えた自然なワイン造りで生まれた偶然の産物でした。
前年の秋に発酵を終えたワインは、春に気温が上がると、再び酵母の活動がスタートし、発酵を起こすことがあります。(酵母ヴァカンス)亜硫酸を添加しなければ、瓶詰後であっても、炭酸ガスが発生することがあるのです。かつては自然の産物でしたが、今は最初の目的からペットナットを造る生産者が多くなってきています。とは言っても、意図して泡を造るつもりではなかったけど、発泡してしまった、いわゆる失敗のケースもよく見受けられます。
ペットナットは、メトード リュラル(田舎方式)で造られます。アルコール一次発酵の途中で糖分を残した状態で瓶詰めします。残りの発酵を瓶内で継続するので、王冠やコルクで密閉することによって、炭酸ガスが閉じ込められます。そのためガス圧は低く(シャンパーニュ5気圧、ペットナット2.5気圧以下)、アルコール度数も上がらず、軽やかでフレッシュ、発酵を瓶内で終わらせるので滓で濁っていたり、ナチュラルな味わいだったり、ほのかに甘いものが多いです。(辛口もあります)王冠栓も多く、カジュアルなスタイルです。
この古典的な製法は、生産者が期待する残糖や気圧にならなかったり、瓶差が生じたり、還元率が高かったりもしますが、この流行はまだまだ続きそうです。
シャンパーニュの「パン香」はどこからやって来るの?
高級ワイン産地と言えば「シャンパーニュ」そう申しても過言ではありません。テイスターたちは往々にしてこのシャンパーニュに「焼き立てのパンのような香り」と表現することがあります。あの芳ばしい香りの正体は何でしょうか。
ワイン醸造で活発に働く酵母は、サッカロミ(マイ)セス/saccharomycesの一群です。パン酵母やビール酵母と同じ群です。パン香は樽も由来されているかもしれませんが、もっぱら酵母(イースト)の香りです。それらは二次発酵後の瓶内で、滓(おり)とワインが接触(=シュルリー) しながら熟成する工程に起因しています。シュルリーでの効果を期待するなら、最低でも18か月間の熟成期間が必要です。熟成期間が5年、あるいはもっと長くなると、長期熟成を視野に入れた長命ワインです。滓と過ごす年月も長いので、酵母のニュアンスも十分に感じられるシャンパーニュとなります。
熟成中の酵母は、自己消化を起こします。自己消化とは生物が自己の体内に保有する酵素により体の成分を分解することです(例: 熟成肉)酵母は酸素と糖のある環境下で活発になります。酸欠状態になると発酵という低代謝状態になります。エサの糖が不足すると自己消化を起こし、自らの身体を食べはじめます。やがて細胞膜が破壊され死を迎えます。酵母が自己消化をしてアミノ酸に変わることを自己分解とも言います。
シャンパーニュのパン香は酵母が化学的に分解されることに由来し、
滓=酵母の死=旨味
と言う図式が描けます。滓と長く接触させ(=シュルリー)熟成させたワインは旨味も豊かです。また滓引きをしていない王冠栓の泡は、現在進行形でシュルリーの状態です。酵母の死後の役割については、素晴らしい効果があるのですが、それは別の機会でお話しましょう。
フルートグラス内で1100万粒の泡!が生じる
シャンパーニュの最大の魅力は、ずばり「泡」でしょう。泡立っていないスティルワインを造る工程(一次発酵)、そしてそのスティルワインから泡を造る工程(二次発酵)の計2回の発酵が行われます。二次発酵は瓶内での決まりですが、この際に酵母と24g/Lの砂糖と酵母の栄養分(恐らく追加で砂糖だと思います)が、スティルワインに添加されます。酵母が糖を食べることにより、アルコール度数は1.5%上昇し、約12gの二酸化炭素を生み出します。
そもそも泡は抜栓と同時に発生します。未開封ボトルは、まるでスティルワインのようにお行儀よく静かにしていますよね。ところがコルクを抜いた瞬間、出てくるわ、出てくるわ。一体あの泡軍団はどこからどうやって現れたのか、何もないところからいきなり鳩が出てくるようなマジックの世界です。実に気になりますよね。
マジックにタネも仕掛けもないわけがありません。Mr.マリックも仕掛けてきます。泡が出てくるトリック(科学)も、私たちの目には見えないミクロの世界でそれは起こっているのです。コルクと液面の間に存在する気体は「二酸化炭素・CO2」です。抜栓前、このスペース(ボトルネックと名付けました)は、おおよそ6気圧あります。この圧力は大型車のタイヤ、または水深50m潜った時に受ける圧に相当します。はい、コルクが凄い勢いでぶっ飛んでいくのも納得ですね。コルク殺人事件のトリックに如何ですか、青山剛昌さん。
かなりの圧力があるのですが、噴き出したりもせず安定しているのは、瓶の形状もありますが、最大の秘密はシャンパーニュとボトルネックにあります。この2つは平衡状態を保つために、ボトルネックと同じ6気圧分の二酸化炭素がワインに溶解、つまりシャンパーニュ内に溶け込んでいます。溶けている二酸化炭素の量は12g/Lと前述した数字とぴったりです。圧力の均衡が保たれてワインは安定した状態にあります。
ところが、ひとたび栓を抜くと、6気圧を保っていたボトルネックの二酸化炭素は急減圧にさらされます。するとどうなるでしょうか。空気よりも沢山の二酸化炭素を保持していたシャンパーニュは、慌てて溶け込んでいた二酸化炭素を気体として出します。大気中の二酸化炭素とのバランスを取るためにシャンパーニュは泡を放出し続けなければなりません。グラスに注がれた100mlのシャンパーニュが均衡を取り戻すには、約0.7L分の二酸化炭素が気体として放出されます。泡粒の数で1100万個です。いや、恐れ入りました。だって私たちが優雅にシャンパーニュを嗜んでいる際、均衡を取り戻すのに忙しなく泡たちが働いているのですから。
泡はどこからどうやって現れたのかの答えは、抜栓後に二酸化炭素分子の均衡が崩れ、その均衡を保つためシャンパーニュの液体に溶解されていた二酸化炭素が、待機中に放出されたため。が正解です。早速、「ワインの泡はどこからくるか知ってる?」と聞いてみて下さい。大抵のワイン通が、「二次発酵で発生した泡を封じ込めたから」と答えるでしょう。ふっぬるい。ではドヤ顔で、もう一度質問してみましょう。「それなら、このグラスの泡はどうやってできたと思う?」ワイン通も玉砕して答えに詰まる人が多いと思います。性格の悪い人はぜひお試し下さい。
男と女のChampagne
かつて、フランス語を勉強しはじめた際、名詞に「性」があることで戸惑ったことを覚えています。英語には存在しない「男性名詞」と「女性名詞」がフランス語、ドイツ語、スペイン語にはあるのです。名詞の性別によって、冠詞(un/une・le/la)や形容詞の変化(petit/petite)が変わってくるわけですから、新しい単語が出てくると「男性」か「女性」かを確認して、le vin(the wine)などと冠詞をつけて覚えました。面白いことに “champagne” は、男性名詞になるか女性名詞になるかで、意味合いが変わってきます。
【男】le champagne シャンパーニュ
【女】la champagne シャンパーニュ地方
つまり、男性名詞だとスパークリングワインのシャンパーニュのことで、女性名詞だとその地方名を指します。シャンパーニュの意味合いはジェンダーで異なると言うお話しでした。
ワイングラスは汚い方が良い!?
シャンパーニュは抜栓後、ボトルネックの気体に急減圧が起こります。シャンパーニュに溶解している二酸化炭素が、大気中の二酸化炭素の圧力と均衡を取るため放出されるのが泡の正体でした。鳩並みの3歩で忘れる記憶力なら、この直前の文章を読み返して下さい。
シャンパーニュに溶解している二酸化炭素が、大気中に放出されるには2通りあります。ひとつは抜栓後にも見られる①泡の生成、もうひとつはシャンパーニュの②液面から出されます。それでは問題です。シャンパーニュをフルートグラスに注いで、泡が抜けきるまで待ったら、約200万個の泡が立ち上がります。①泡の生成、②液面のどちらから放出される二酸化炭素の量が多いと思いますか。
A ①泡の生成
B ②液面
C ①②が同量
正解はBの②液面です。80%が液面、残りの20%は泡から放たれます。鳩が豆鉄砲くらったような顔しないで下さい。早く均衡状態に戻したいのですから、泡でこざかしく放出するより、大気と接してる面から一気に蒸発させた方が効率がよいのです。シャンパーニュに溶けている二酸化炭素の量は、おおよそビールの3倍です。1秒間に最大30個の泡が生成されます。泡の生成は、通常シャンパーニュが1気圧になる手前でストップします。それは大気が1気圧で、残りは泡を生成して均衡を保たずとも、②液面から気化されるからです。
余談ですがグラスから立ち上る泡の煌めきはロマンチックですよね。お洒落なBARで女の子とシャンパーニュを飲んでいる時に、こう言ってみて下さい。「グラスが汚ないと綺麗な泡が立つんだよ」と。せっかくのムードが台無しです。2度とデートしてくれなくなる可能性大ですが、貴方は正しいです。何故なら①泡の発生は、グラス内壁に付着しているチリなどから発生するからです。チリなどの繊維内部の空洞に二酸化炭素が集まり、どんどん巨大化し、ついにチリから離れてフルートグラスの中を華麗に上昇していくのです。キラキラと美しい泡の秘密は如何でしたでしょうか。「今日は泡の立ちが良いね」と思ったら「グラスが汚ないから」と耳打ちするかどうかは、自己判断にお任せします。その後の責任は、一切負えませんのであしからず。
泡粒は細かければ良いというものでもない
6気圧のシャンパーニュの場合、グラス100ml中に0.7Lの二酸化炭素が溶けている、というお話は前述しました。グラスの底から立ち上る泡は、コルドン(仏cordon)紐と言います。連なって紐のように見えるからです。液面に首飾りのように連なる泡粒は、コルレット(仏collette)と言います。こちらは首飾りと思いきや、飾り衿の意味です。グラスの中で発生する華麗な泡。コルドンもコルレットも泡の質を重んじた表現で、審美的観点からきめ細かい泡は、高評価されてきました。その一方で古酒のイメージからか、泡粒の細かさと品質を関連付ける科学的根拠はないとも言われてきました。
最近のジェラール リジェ べレール(物理学者)の研究では、泡粒は小さければ良いと言うものでもなく、直径3.4mmのサイズの泡が最も空気中に芳香性を放つと発表しています。えっ、3.4mm!?大粒ですからアロマ拡散には優れていることでしょう。ただグラスの液面までの僅か10cm足らずの距離では、せいぜい3mm程度の大きさの泡しか望めないので、これはボトル内での泡の大きさを指していると想像します。泡の大きさを左右するひとつにシャンパーニュの粘性が挙げられます。粘性が高いと大きく、低いと小さくなる傾向があります。粘性がある程度ないとシャボン玉が直ぐに割れてしまうと言えばわかりやすいでしょうか。また粘性が低いと泡の放出量も多いです。近代の醸造技術には目を見張るものがあるので、添加物か何かで粘性を調節して、泡の大きさをコントロールすることは可能だと思います。まあ、それを飲むかと聞かれたら別の話になりますが、この記事を書きながら、自社の魚の泡(ナチュラルバブルス2018)を開けました。酵母感と飾らない素朴さに心から安堵しました。
泡も成長する
シャンパーニュから立ち上る泡は、グラス内の僅か10cmの旅路で、直径10μm(マイクロメートル=0.01mm)から、100倍の大きさの1mmに成長します。それでは泡の大きくなる原因について見ていきましょう。
泡となって上昇する際、シャンパーニュには過剰に二酸化炭素が溶け込んでいるため、泡の表面から内部へどんどん蒸発(気化)して、まるで吸い寄せられ、合体するかのように大きくなります。泡の平均サイズはこの成長率から判断されます。シャンパーニュに溶解している二酸化炭素の総量が、例えば古酒のように経年と共に抜けているのであれば、泡粒は小さく成長率も低いです。このことからも、きめ細かな泡が良しとされてきたのは古酒の影響かもしれません。
つまり、二酸化炭素の溶解量が多い若いワインは、時間の経過した古酒とは異なり、泡粒のサイズも成長率も大きいと言うことになります。そして泡の浮上するスピードも速いです。当然、浮力がかかるわけですから、上昇して肥大した泡の方が体積も大きく、液面に近くなると立ち上るスピードも速くなり、また間隔も広くなります。それでは、まとめに入りましょう。
「古酒は小粒で、ゆっくり、長く、発泡が持続する」
標語みたいですが、どうぞ覚えて下さい。このワンセンテンスに「泡の大きくなる原因」の全てを詰め込みました。溶解された二酸化炭素の量は、泡粒のサイズと成長率に影響を及ぼすのです。
泡と界面活性剤
シャンパーニュの粘性が高いと、泡のサイズは大きく成長し、また強度があるとお伝えしました。シャンパーニュには様々な有機化合物(酸、フェノール、タンパク質、糖など)が含まれており、その分子には親水基(水に溶ける部分)と疎水基(水に溶けない部分)があり、これらを界面活性剤と呼びます。泡の内側に疎水基、円球を取り囲むように外側に親水基が配置されます。界面活性剤が泡の表面を膜で覆うことで強固になります。上昇する抵抗も大きいわけですから、そのスピードも遅くなります。ワインと言うよりか、科学のお話となってしまいました。粘性を深く掘り下げると界面活性剤が出てくるのです。
シャンパーニュはスワリング不要!
往々にして、通がワインをスワリングする姿を見受けます。いわゆる、グラスをぐるぐる回す、アレです。空気接触は、英語ではエアレーション(仏アエラシオン)と言います。ワイン業界ではぶどう栽培や醸造用語は名産地をリスペクトして、フランス語で表記されることが多かったのですが、最近は世界の共通語である英語で表されることが増えてきました。スワリングの他、ボトルからディキャンターに移す、ディキャンティング(英)、ディキャンタージュ(仏)、も、滓を取り除く以外ではワインの空気接触を目的にしています。熟成した古酒よりも若くてタンニンも酸も豊富な赤ワインの方が空気接触の効果が得られやすいです。それではその効果を見ていきましょう。
▼空気接触7つの効果
①ぶどう由来の果実香(第一アロマ)が上がる
②醸造由来の香り(第二アロマ)が下がる
③ワインの複雑性が高まる
④樽香が強まる
⑤タンニン量に変化なく渋味がまろやかになる
⑥味わいが広がり、ふくよかさが強調され、全体のバランスが取れる
⑦還元の影響が弱まる
最後に挙げた、「還元の影響が弱まる」ですが、還元とは硫黄化合物が原因で引き起こされる現象です。極度な還元には不快な要素があり、オフフレーバー(欠陥)として認識されます。硫化ジメチル、メルカプタン、メチオノールなどの臭い物質からはカリフラワー、海苔、金属、下水溝、腐った玉ねぎなどが、二酸化硫黄、硫化水素になると硫黄温泉やゆで卵の黄身などの強い刺激臭を感じます。シャンパーニュの古酒の還元率が異様に高いことはよく知られていることです。程度にもよりますが、軽い還元は空気接触で軽減させることが可能です。また、好ましくない成分もいち早く揮発させることができます。
ただしこれは、抜栓後にボトル外で行われることで、醸造段階のバトナージュ(棒で滓を攪拌させること)や、スーティラージュ(ワインを移し替えて滓引きをすること)は、ボトリング前の空気接触となります。ボトリング後のワインはどうしても還元に傾くため、ある程度は人為的に酸化させる必要があります。生産者は還元と酸化の中間を狙い、試行錯誤し続けています。
しかし、全てのワインを空気接触すれば良いのかと言うとそうではありません。例えば、フランスのアルザス地方やドイツの繊細な白ワインをぐるんぐるん回し続けたら、揮発性の高い香りは、あっという間に消えてしまいます。同じくそれは冷涼産地のシャンパーニュにも言えることです。そもそもシャンパーニュは泡である以上、スワリングは不要なのです。何故なら泡が味や香りを伝える媒介物の役割を果たしてくれるのです。スティルワインには存在しない「泡」が、実に良い働きをしてくれます。
シャンパーニュの中で界面活性剤として機能するアルコール、有機酸、アルデヒドの一部は香り分子を包み込み、上昇時に液中の香りを雪だるまのように引き連れ大きくします。成長した泡は、毎秒数百個が液面で破裂し、霧状に拡散されます。香り分子の濃度は、液中よりも液面の方が濃くなります。つまり、スワリングしなくても、泡が香りを運び表面で弾け、空気中あるいは舌の上に刺激と共に香りや風味が広がるのです。よって、シャンパーニュ(スパークリングワイン)はスワリング不要です。グラスを手にしたらそっと鼻に近づけて香りを堪能し、パチパチ弾ける音で気分を高揚させ、口中でシュワシュワと華麗なダンスに興じて、どうぞ五感でお楽しみ下さい。
シャンパーニュのブランド戦略
今でこそ名だたる高級ワイン産地として不動の地位を築いていますが、その昔はそうでなかった時代もありました。1500年頃まではシャンパーニュは現在のように発泡していないスティルワインでした。パリでは王族や貴族の間で、ブルゴーニュと双璧をなす人気ぶりでした。シャンパーニュは地理的条件に恵まれ、マルヌ川を下れば都市に容易に運搬できたことが味方し、むしろブルゴーニュワインよりも優勢でした。
ところが1400年代後半、ヨーロッパ全土が寒波に襲われました。シャンパーニュ地方は今よりもずっと寒く、発酵中に酵母が活動を停止してしまうことが頻繁にありました。樽や瓶に詰められた後、春になり酵母が再び発酵することによって、自然の産物で「シャンパーニュ」が誕生しました。しかし、当時パリでは発泡性ワインが不人気でした。「不良品」「醸造スキルが悪いからだ」と貴族たちは造り手を非難しました。シャンパーニュは泡があることでブルゴーニュに負け、その後200年間は「ワインが売れない」という暗黒の時代に突入します。
それではシャンパーニュはどのようにして名声を取り戻したのでしょうか。汚名返上には、広大なぶどう畑を所有するカトリック教会が乗り出しました。ドン ピエール ペリニョンを筆頭に、かつてのスティルワインを取り戻そうと悪戦苦闘している最中、英国の上流階級で泡が流行りはじめたのです。ルイ14世の統治下でもベルサイユ宮殿が、泡、泡、泡とファッショナブルな存在へと格上げされました。もうペリニョンは大変です。ついこの前まで泡を発生させない研究をしてきたのに、今度はその真逆で泡をたくさん生み出す方法を開発しなければなりません。彼はアッサンブラージュ(ブレンド技術)、黒ぶどうから透明色の果汁を絞る技術、またコルク栓の密閉の開発などワイン界に多大な貢献をしました。
偶然にできたものが、最初は受け入れられず、その後ブームで人気に火が付き、時の権力者に愛されることで確固たる地位を築いていきました。一方で生産者たちはシャンパーニュのことを「悪魔のワイン」と呼んでいました。その時代はガラス瓶の強度も発泡の気圧をコントロールする技術もないので、ガス圧によって瓶が破裂する惨事が多発しました。セラーに入る時は、顔を覆う鉄製の仮面を着用しなければならなく、頻繁にその被害を受けるのが生産者たちで、彼らがそう名付けました。19世紀に入るまで悪魔のワインと言われ続けました。その後、戦争や経済危機、フィロキセラや気候変動、また偽装などによって、需給バランスは浮き沈みを繰り返し、次第に大手メゾンは国内マーケットに依存しないために、海外マーケットに注力するようになりました。2000年のミレニアム期では、大きな需要が到来します。それ以降、売上は好調に推移しています。さらにブランド価値の創造を掘り下げていきましょう。
シャンパーニュがその他のスパークリングワインと比較して高級なのは何故でしょうか。まずは、シャンパーニュとスパークリングワインの違いを理解しましょう。スパークリングワインは発泡性ワインのことで、シャンパーニュはスパークリングワインのカテゴリーに属します。カヴァ、エスプモーソ、フランチャコルタ、プロセッコ、スプマンテ、フリッザンテ、ランブルスコ、ヴァンムスー、クレマン、ペティヤン、ゼクト、ペニーナ(スロヴェニア)なども全てスパークリングワインです。ですからシャンパーニュをスパークリングワインと言っても全く間違いではありません。しかし、そのように呼ぶ者は、ほぼいないと思います。どうしてでしょう。例えば、ステーキ屋で「ビーフが美味しい」と言うのではなく、「神戸ビーフが美味しい」と言うのと同じことです。シャンパーニュはフランスのシャンパーニュ地方のみでその呼称が認められています。さらに品種、栽培、醸造方法などワイン法の定義をクリアしたものだけが名乗れます。原産地呼称はブランドの証明なのです。
シャンパーニュの位置付けがわかったところで、どんどん参りましょう。中世後期、毛織物を扱う業者が副業でワインビジネスをはじめるようになり、それが現在の大手メゾンへと育っていきます。2017年のデーターでは、シャンパーニュには382軒の造り手(メゾン)がいます。そのうち大手20社がシャンパーニュ全生産量の約70%を占めています。40%が輸出用で、うち90%以上が大手メゾンのものです。つまり、市場に出回っているシャンパーニュの殆どが、巨大組織が手掛けているものになります。大手メゾンは吸収や合併を何度も繰り返し、グループ化されてきました。中でもLVMH(ルイ ヴィトン モエ ヘネシー)グループはモエ エシャンドン、ヴーヴ クリコ、ルイナール、クリュッグなどを傘下に持つ世界最大のグループです。
今ではRM(レコンタンマニピュラン:自社畑のぶどうを使ってワインを造る生産者)などの小規模な造り手が注目を集めていますが、その昔は、“Small is not beautiful.”と懸念されていたぐらいです。大きな規模で大量生産をしなければ、安定した一定基準の生産が難しく、利益も思うように上がりません。
とりわけ他の産地ではあまり見られない、アッサンブラージュ(ブレンド技術)を用いて造るのがシャンパーニュの特徴です。過去に造ったリザーブワインを10~50%ブレンドすることにより、ヴィンテージ差を均一にし、各メゾンの伝統やスタイルを守ります。高級品ともなると数十種類のリザーブワインを使用したりします。なお、シャンパーニュはアッサンブラージュで造られるため、通常のワインにはヴィンテージ表記がありません。エチケットにはNV(英No Vintageノン ヴィンテージ/仏Non Millesimeノン ミレジメ)と書かれています。一方で収穫年表記があるものは、その年のぶどうが使われています。良年に造られることからもヴィンテージスパークリングはNVと比べると割高です。NVに関しては収穫年も出荷年も不明で、どんな流通経路をたどって店頭に並んでいるか消費者は知る由もないので、やや不親切だと個人的には思っています。脱線しましたが、シャンパーニュとスティルワインを比較すると、瓶内二次発酵にはじまり複雑で長期に及ぶ製造工程、過去何十年にも遡るリザーブワインの保管や管理などのコストがかかります。故に大規模生産であることは、品質と信頼の証しでもあります。
大量生産されたモエ・エ・シャンドン社のブリュットアンペリアルは、全世界で7秒に1本開けられています。はい、また今開きました。その大量生産された商品を滞りなく流通させるには、多額の広告宣伝費やマーケティング費の投下が必要となってきます。大手メゾンはイメージ戦略として、派手なCMやプロモーションなどで巨額の広告費を使い、自社商品のブランド力を高めようとします。そのコストが価格に上乗せされているため、シャンパーニュがスパークリングワインのなかでも、格別に高価である理由のひとつなのです。
とは言っても、一次発酵で終了するスティルワインと比べると、泡を造る工程の瓶内二次発酵や滓引きが加わり、手間と時間はかかってしまいますが、それでも原料費や人件費などのコストが何倍にも膨れ上がることはまずありません。どんなに高級なワインでも、シャンゼリーゼ通りに面した畑を所有しているなどなければ、メーカーの原価は2,000円程度に過ぎません。つまるところ、シャンパーニュが高価であるのは、そのブランド価値と大量生産の広告宣伝費であることはおわかり頂けたと思います。
そこである疑問が浮上しました。ロゼシャンパーニュは、スタンダードのシャンパーニュ(白)と比べると、その価格は2倍とさらに高価です。何故でしょうか。シャンパーニュでロゼワインを造る方法としては、10〜20%の赤ワインをアッサンブラージュするブレンド法が主流です。マイノリティですがセニエ法で醸して造るメゾンもあります。いずれにせよ、一次発酵でスティルワインを造るだけなので、そこまで製造の手間は変わりません。むしろブレンドしてロゼワインが造れるので(ブレンドが許されているのはEUではシャンパーニュのみ)、労力、コスト、リスクも少なくて済みます。ぶどう栽培の北限だからと言って(現在は北欧でもワインが造れる)、特別扱い級に恵まれています。実はロゼシャンパーニュはその希少価値により価格が上がります。実際にシャンパーニュの全生産量のうちロゼワインは3〜5%と少量です。資金力と技術もある大手メゾンがロゼを量産できない訳がありません。市場に出回る数量をコントロールするというシャンパーニュ業界の巧みな思惑がそこには絡んでいるのです。最後にシャンパーニュのブランド戦略のまとめでお終にしたいと思います。ブランド価値はこうして定着に成功しましたとさ。
上流階級で流行して認められたのがきっかけ
原産地呼称「シャンパーニュ」自体がブランド価値
大手メゾンの権力とブランド力を駆使
巨額のコストを投じPR&ブランディング
出荷数をコントロール
■参考文献
・シャンパン泡の科学 ジェラール リジェ べレール
・Uncorked: The Science of Champagne Gérard Liger-Belair